カポエイラとは

カポエイラの歴史

カポエイラは、16世紀ブラジルがポルトガルの植民地であった時代に、アフリカから連れてこられた黒人奴隷やその血を引く人々が生み出した格闘技と言われています。カポエイラ弾圧時代という暗い過去を乗り越え、1930年以降はカポエイラの師範達によって文明化された武芸へと変化し、1970、80年代には教育カリキュラムの一つにも取り入れられ、ブラジルのスポーツ界で確固たる地位を固めました。また、カポエイラの芸術性や文化としての重要性も高く評価されています。現在では国技として、また、2008年にはブラジルの無形文化遺産として指定され、青少年の健全な育成、地域の社会福祉の重要な要素の一つにもなっています。(参照:駐日ブラジル大使館「Texts of Brazil-カポエイラ」)

カポエイラの特徴/楽器と歌と人で紡ぐ輪の集い「Roda(ホーダ)」
カポエイラは参加者が人の輪を作り、楽器を奏で、歌を歌い、その輪の中で2人が『jogo(ジョゴ)』、いわゆるゲーム(試合)を行います。格闘技でありながら、音楽の要素を併せ持っており、老若男女を魅了する理由の一つと言えるでしょう。

3つのスタイル 「ヘジォナウ」「アンゴーラ」「コンテンポラニア」
カポエイラの広がりとともに、大きく分けて3つのスタイルへ発展していきました。

1.「ヘジォナウ」スタイル
1930年代にバイア地方でMestre Bimba(メストレ=ビンバ)が創設した革新を重視したスタイル。

2.「アンゴーラ」スタイル
1940年代にバイア地方でMestre Pastinha(メストレ=パスチーニャ)が創設した 昔ながらのやり方、伝統を受け継ぐことを重視したスタイル。

3.「コンテンポラニア」スタイル
ヘジォナウ流、アンゴーラ流のどちらのスタイルにも属さない一般的なカポエイラで、現代流カポエイラと呼ばれているスタイル。

(※当団体では、本部のあるリオ・デ・ジャネイロで発展したスタイルを継承しています。)

カポエイラの昇段、帯とApelido(アぺリド)
年に一度昇段式(バチザード)があり、日本の武道と同じように帯でレベル分けされます。初めて帯を授かる時(洗礼)には、特別なカポエイラネーム『Apelido(アぺリド)』をもらいます。これはかつてカポエイラ弾圧時代、お互いの身を守るために本名を隠し、本名とは別の名で呼びあったことに由来していると言われています。

コハダン・ジ・コンタス日本支部の活動
コハダン・ジ・コンタス日本支部ではカポエイラをブラジルの文化として日本に広める活動をしています。毎年、ブラジルのリオ・デ・ジャネイロから最高師範を招いて、活動の監修をしています。また、日本からも毎年たくさんの指導者や生徒が、ブラジルの最高師範の元を訪れ稽古に励んでいます。2013年には日本支部創立15周年を迎え、全国で約400人の会員が所属する団体となりました。
コハダン・ジ・コンタス日本支部はカポエイラの正式な団体として、指導者一同がたゆまぬ稽古で日々精進し、「ブラジルの文化」であるカポエイラを日本に根付かせるよう努めてまいります。